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第10回「地理空間情報に関するベースレジストリ利活用研究会」レポート
2024/11/13
2024年9月30日(月)、第10回「地理空間情報に関するベースレジストリ利活用研究会」をオンラインにて開催し、委員とオブザーバーあわせて約80名が参加しました。今回はAIGIDの取り組みとして「オープンデータを用いた道路ID等のベースレジストリの研究開発」および「河川のベースレジストリ検討のための河川ID整備の準備調査」について報告するとともに、3人の識者による話題提供が行われました。
●オープンデータを用いた道路ID等のベースレジストリの研究開発
スピーカー:株式会社情報試作室開発室・室長 相良毅氏(東京大学CSIS客員研究員)
情報試作室開発室の相良室長が、道路関連の研究に利用できるオープンな地図データの研究開発について発表しました。同プロジェクトは、主に研究用として、全国を網羅する公開可能な道路基盤データを構築することを目的としています。現状では都道府県以上を「骨格道路」として全国整備しており、その次に市区町村道やその他の道路を「詳細道路」として地域別に整備していく方針です。また、研究成果の検証などを行えるように、時系列を持つ道路データ管理手法の開発も目指しています。
今年度はノードおよびリンクへのID付与と、それらを時系列で管理するための仕組み作りを検討しており、今回の発表ではオープンストリートマップ(OSM)のデータをもとに時系列を持つ骨格道路データを構築した成果について報告しました。
OSMでは、道路の位置が変わったり、新規道路が開通したりした場合、修正履歴には最新の情報が表示され、古いデータは削除される構造になっています。このOSMデータをもとに、過去のデータも残しながら時系列を持つ骨格道路データを作るために、データに有効期間を持たせることにしました。
たとえば道路と交差点の位置を少し横にずらした場合には、編集作業が行われた時点で編集前の道路データを無効とするために、属性に「valid from」および「valid to」という項目を入れて有効期間を設定できるようにします。この場合、valid toに何も指定されていない場合は、現在有効ということになります。なお、このようなデータを作成したときには、OSMデータとの対応付けをするためにOSMのIDとバージョンも記録します。
なぜ時系列を持つOSMデータをそのまま使わないかというと、OSMの場合は道路データがノード(交差点)とウェイ(道路)で構成されており、ウェイはノード間を結ぶ道路ではありますが、必ずしも交差点から交差点までの一区間だけを結ぶわけではなく、編集者の都合によって、ある程度まとまりを持った長さになることがあるからです。
今回のプロジェクトでは、交差点から交差点の一区間を結んでリンクとしたいので、OSMのウェイを抽出して交差点ごとに切り出してリンクにするという作業を行います。そのためOSMの時系列データはそのままではリンクの時系列にはならないため、リンクの時系列を新たに作る必要があります。この作業は“スナップショット”というOSMのデータを定期的にダウンロードして保管されているデータをもとに作成し、1年おきに過去に遡れるようにします。
今後の課題としては、軽微な修正なのか道路変化なのかを区別するためのIDを付与することが必要と考えています。また、定期的に骨格道路データを更新して配信するサービスの開発も目指しています。
時系列を持つ骨格道路データ
●河川のベースレジストリ検討のための河川ID整備の準備調査
スピーカー:AIGID(アジア航測株式会社) 徳田庸氏
AIGID(アジア航測株式会社)の徳田氏が、河川のベースレジストリ整備に利用可能なデータに関する調査結果を報告しました。徳田氏は河川系ベースレジストリに求める要件として、「地理空間データ(GISデータ)であること」「水の流れを表現できるデータであること」「全国一律に整備されており、入手が容易であること」「公的機関等がメンテナンスを行う等、信頼度が高いこと」の4つを挙げました。
水の流れを表現するためには構造化されたベクトルデータである必要があり、河道中心線をノードとリンク、湖沼や流域をポリゴンで作成する必要があります。さらに、河川管理業務において必要となる河川コードや水系名、河川名、管理区分などの属性情報を持つことも要件のひとつとなります。
データの構成としては「河道(1/10,000~1/25,000)」「流域(1/50,000~1/200,000)」「距離標・法線(1/1,000~1/2,500)」の3つの空間レベルで構成される必要があり、河道データは流況分析や流下計算、流域データは集水モデルや流出計算、距離標・法線データは河道内施設や公物管理、河川環境管理などの業務で利用することを想定しています。
河川系ベースレジストリの構成
現状でベースレジストリの構築に有用と考えられる既存データとしては、「河道」については国土数値情報(河川)、国土数値情報(湖沼)、地理院地図ベクター、数値地図25000空間データ基盤、河川基盤地図データなどに収録される河道中心線のリンクや湖沼のポリゴンが挙げられます。
「流域」については、国土数値情報(流域メッシュ)に属性値として含まれる河川コードや水系名、河川基盤地図データの流域基図(ポリゴン)などが利用できます。また、「距離標・法線」については河川基盤地図データの距離標ポイントおよび法線のラインが利用可能です。
さらに今後利活用が期待されるデータとして、東京大学と京都大学が国土数値情報および基盤地図情報を用いて開発した「J-FlwDir(Japan Flow Direction Map/日本域表面流向マップ)」(https://hydro.iis.u-tokyo.ac.jp/~yamadai/JapanDir/)が挙げられます。同データでは、表面流の流下方向を示す「表面流向データ」や、表面流向と整合性のとれた水文地形データレイヤーを整備しています。
現状における河川データの利活用事例としては、国土数値情報(河川)を活用した気象庁の「キキクル(危険度分布)」(https://www.jma.go.jp/bosai/risk/)や国土交通省の「川の防災情報」(https://www.river.go.jp/)、環境省の「中小水力発電の全国ポテンシャル調査」などが挙げられます。また、距離標や法線のデータの利活用事例としては、川の領域をひとつずつ構造化ポリゴンで区切り、セグメント単位でその中にある施設や環境情報を整理するといった活用法があります。
今後は河川系ベースレジストリを整備することにより、流域や流向などの面的な属性を補間して、より精密で広域な活用ができるように、さまざまな業務で利用するための基盤となるデータに仕上げることが必要であると考えており、この調査結果をもとに河川系ベースレジストリの具体的なイメージを作り上げていく方針です。
事例紹介に続いて、3つの話題提供が行われました。
■Drive-by-sensing技術を用いた都市モニタリング手法について
スピーカー:東京大学先端科学技術研究センター特任准教授・吉村有司氏
東京大学先端科学技術研究センターの吉村氏が、車両に搭載したドライブレコーダーの映像から街路ごとの歩行者密度を測定するための新しい手法について発表しました。スマートシティを評価する方法として人流データの利用が模索されていますが、定点カメラを設置する箇所が限られ、広範囲にデータを取るのは困難なため、街路同士の人流を細かく比較することができず、統計的な処理が行えないことが課題となっています。
そこで携帯電話トラッキングなど他の手法で人流を測定する方法が模索されていますが、携帯電話は基地局データをもとにしているため誤差が大きくなるなど課題があるため、街路レベルの人流を東京全域などのレベルで広範囲に測定する技術が求められています。
吉村氏はこの課題を解決するため、自動車を“動くセンサー”に見立てて広範囲にセンシングする“Drive-by-sensing”という技術の開発に取り組んでいます。吉村氏は同技術の一例として、米国ケンブリッジ市で行われたゴミ収集車にセンサーを付けて環境データを収集するプロジェクト「City Scanner」を紹介しました。このプロジェクトでは、市内全域で街路レベルの情報を定期的にモニタリングすることが可能で、市民の税金によって賄われているゴミ収集車に環境データの収集という付加価値を足すことができます。
このプロジェクトの延長にある取り組みとして、吉村氏はタクシーのドライブレコーダーの映像を利用して、街路レベル(ミクロ)の人流データを東京全域(マクロ)で測定しようと考えました。ドライブレコーダーの映像をもとに人や街路樹、看板などのセグメンテーションを行い、ある地点においてどれくらいの緑が視界に入るかを示す“緑視率”の測定や、街中にある看板の位置の測定などを行いました。さらに、ドライブレコーダーの映像から人の数をカウントして歩行者密度を測定し、東京全域において歩行者密度を地図上に可視化しました。この人流データとウォーカビリティ指標と比較したところ高い相関関係が見られました。
Drive-by-sensing技術を用いることにより、新しいインフラを構築することなく、特定地点だけでなく面的で広範囲なデータが取得可能となり、時系列データとしても、1日ごとなど高い粒度で収集が可能となります。このような人流データとさまざまなデータを組み合わせることで、都市空間の“法則”が見えてくると考えており、今後もそのための基礎データの整備を進めていく方針です。
ドライブレコーダー映像をもとにした歩行者密度
ウォーカビリティ指標との比較
■データスペースとそのデータ供給をめぐる国内外の動向
スピーカー:独立行政法人情報処理推進機構 平本健二氏
情報処理推進機構の平本氏が、国境や分野を超えた新しい社会活動・経済活動の空間を意味する“データスペース”について解説しました。データスペースは近年、欧州などで注目されている概念で、1企業による独占的サービスではなく、複数の企業や組織が合意したルールや技術標準をもとにした、データを中心とするグローバルな社会活動・経済活動の空間を意味します。
現在、EUをはじめ米国やインド、ASEANなどがデータスペースの構築を検討していますが、各国のデータスペースの中には製造業や流通業、行政分野などさまざまな業界・分野があるため、1つの会社が複数の分野のデータスペースに所属して、さまざまなデータを交換することになります。その上で、いかに早くデータを入手し、新しいサービスを作っていくかが求められるため、デジタル基盤を作ってデータやルールの標準化を行う必要があります。
また、従来のソフトウェアはスクラッチで開発されていましたが、現在は既存のプログラムやIDを組み合わせることで簡単にシステムを作れるようになっているので、データスペースの基本構造はインターフェイスを標準化した上での組み立て構造になっています。
データスペースのイメージ
2024年3月でデータスペースは145の事例登録があります。これは1産業につき1つというわけではなく、たとえばモビリティ分野の中には旅行をターゲットにしているものもあれば、タクシー運行などをターゲットにしているものなど、1つの分野の中に多様なデータスペースがあり、データスペース同士を連携することによって、データを供給する人にとっても、また利用する人にとっても使いやすくする取り組みが進められています。
日本国内では、システム間のデータ連携は都度調整する方式が主流のため、多様なデータ連携が増える中でそれぞれの調整作業が業務の妨げになっています。そこで効率化のため政府がデータ戦略の一環でデータスペースを推進しており、欧州のマーケットからの要請により産業界も対応を進めています。
地理空間に関連したデータスペースの事例としては、ドイツが中心となって進めている「Mobility Data Space」(https://mobility-dataspace.eu/)が挙げられます。これは交通情報やガソリンスタンド情報、工事情報など、政府のオープンデータに加えて民間企業が出しているデータも含めてモビリティデータを交換するための仮想マーケットプレイスで、約150企業が参加しています。機能としては、どのようなデータが含まれているのかを調べられる「Data Catalogue」、簡単にデータを交換できる「EDC connector」という仕組み、そしてそれをネットワーク上で提供する「Connector-as-a-Service(CaaS)などを備えています。
もうひとつの事例としては、「Data Spaces for Smart and Sustainable Cities and Communities(DS4SCC)」(https://living-in.eu/partnerships/data-spaces-smart-and-sustainable-cities-and-communities)が挙げられます。これは欧州委員会が推進するスマートシティの推進プロジェクトで、地理空間情報に限らず都市データを使ったプロジェクトを支援しており、相互運用性を確保するためにミニマム相互運用性メカニズム(MIMs)を採用しています。
このほか、ドイツが中心となって進めている地理空間データやリモートセンシングデータを利用するためのデータスペース「INGEO-X Geo data space」(https://geodataspace.org/)や、欧州全体で進められている環境問題および防災のデータスペース「Building the GDDS with Open Geospatial Building blocks」などのプロジェクトも進められています。
欧州や米国ではデータスペースの拡充により“リアルタイム・デジタルツイン”を目指すという方向に向かっており、AIで取得できないデータを合成して補完的に使う“合成コンテンツ”なども活用しながら仮想空間の構築を進める流れとなっています。欧州と米国でアプローチは少し異なりますが、リアルタイムに、より現実的なデジタルツインを作るためにデータスペースを整備し、地理空間データだけでなく、その上にさまざまなデータをのせてリアルなまちづくりに役立てようとしています。
そのためには、信頼できるデータを“面”で提供することが重要となります。欧州ではベースレジストリの基本データの整備が完了して活用フェーズに入っており、法制化によりデータ量が増加しています。米国でも信頼性の高い情報をいかに確保するかが重要とされており、オープンデータが推進されています。一方、日本でもベースレジストリとオープンデータの整備が地道に進められています。
日本でも今後のデータスペース整備に向けたビジョンを持ち、特定地域に集中投資してショーケース化することが重要と思われます。日本では地理空間データの整備が進んでおり、センサーネットやAIの活用には大きな可能性があるので、これらを組み合わせて進めていくことが必要と考えています。
■GTFS と都市交通から考えるベースレジストリ
スピーカー:株式会社トラフィックブレイン 太田恒平氏
トラフィックブレインの太田氏が、公共交通に関する標準データフォーマット「GTFS(General Transit Feed Specification)」および都市交通をテーマに発表しました。GTFSとは路線や時刻、運賃など公共交通の情報を収録したデータ形式で、日本では「GTFS-JP」として国土交通省がバス情報の標準形式として採用しています。また、位置や遅れなどの動的情報を収録した「GTFSリアルタイム」というデータフォーマットもあります。
2024年8月時点で、バスを中心に全国675の事業者・自治体がGTFSデータを公開しています。デジタル庁の自治体標準オープンデータセットにも含まれており、国のデジタル政策と連携しています。また、AIGIDと日本バス情報協会(https://www.busdata.or.jp/)が共同で開発・運営する「GTFSデータリポジトリ」(https://gtfs-data.jp/)では、全国のデータを1カ所で探すことが可能で、オープンソースの品質検証ツールなども用意されています。
全国のGTFSデータ公開状況(2024年8月時点)
太田氏は現在、NICTの研究プロジェクト「Beyond 5G」の採択事業として「行動変容と交通インフラの動的制御によるスマートな都市交通基盤技術の研究開発」に取り組んでおり、公共交通分野については熊本をフィールドに研究中です。熊本県は県内統一のバスロケのオープンデータを公開しており、デジタルサイネージやミニサイネージ、紙の時刻表の生成システムなどに活用されています。
熊本市は全国の政令指定都市の中でもとくに渋滞が大きな課題となっており、台湾TSMCの進出の際にも市内の渋滞が国際問題化しています。この課題を解決するため、太田氏は「車1割削減、渋滞半減、公共交通2倍」を目標として提唱しています。
この目標の実現のためにGTFSデータを活用した交通分析に取り組んでおり、QGIS用プラグイン「GTFS-GO」を使って運行頻度図でバスの運行を可視化し、交通計画に役立てられるようにしています。また、蓄積したバスロケデータを活用したダイヤ改善や、バスレーンの導入や増便を行った場合の渋滞緩和の推計などにもGTFSデータを役立てています。このほか、道路と鉄道の分担状況をウェブ地図上で可視化した「全国交通流動マップ」も作成し、都市計画に役立てる取り組みも行っています。
「GTFS-GO」を使ってバスの運行を可視化
GTFSデータの中でベースレジストリに関係する項目としては、「事業者情報(agency)」や「路線形状(shapes)」などが挙げられます。事業者情報は国内ルールとして法人番号を使用し、名称については正式名称よりもわかりやすい通称のほうを優先しています。路線形状のもとになるデータとしては、国土地理院ベクトルタイル(道路中心線データ)のリンク接続や位置精度、更新頻度などに課題があり、DRMも価格が高くデータ更新時にIDが変わるといった課題があります。
GTFSデータ整備の課題としては、まだバス事業者全体の1/3ほどしか普及していないことが挙げられ、網羅するには制度化が必要と考えられます。品質については、GTFSは自由度が高いため任意項目や設定項目において事業者や地域ごとに記述方法が異なる場合が多いという課題があります。また、継続面については、自治体では担当者の異動によって更新作業が止まってしまうケースがあり、後任者が簡単に引き継げるようにコミュニティバス業務を支援するツールキットの導入などが必要と考えられます。
情報提供における課題としては、GTFSデータを活用したサービスがまだ多くないことや、乗換検索サービスが寡占状態であること、全国展開するにはデータの網羅性が課題となることが挙げられます。都市交通計画へのデータ活用の課題としては、バスデータを揃えることが困難なことや、鉄道データの情報が粗くて古いこと、道路データはクローズドなものが多いことなどが挙げられます。
オープンデータを活用することにより、使いづらい公式サービスに縛られず、外部で事業者を横断したサービス開発が可能となります。とくに独占的な事業と行政が中心の分野においては囲い込み防止および透明性確保のため、そのようなサービスの開発が不可欠ですが、当事者ではうまくいかないこともあるためトップダウンでの推進が必要です。
データの標準化については、地域横断的なデータ分析に基づいて、共通課題を見出して共同戦線を張っていくことが重要です。交通の中でもバスや都市交通行政はデータも政策も乏しく、公共交通ドメインとしては強力な推進が必要であると考えています。